農業経営の伴走者×環境問題|Act for ”20年後の未来に、豊かな食を”

マグロ屋の父のもとで育った蓜島(はいじま)さん。
父の仕事を通じて「美味しいものとは何か」、「豊かな食とは何か」を教えてもらい、現在は新規就農者の経営サポ―トや、オーガニック生産者の収益化に力を注いでいます。
フードロスや東日本大震災後の生産者支援など、様々な食の課題に向き合ってきた蓜島さんにこれまでのご活動、また今後日本の食とどう向き合っていくのか、お話をお聞きしました。

ー 蓜島さんの現在のお仕事を教えてください

個人で会社をしているのですが、簡単にいうと新規就農者の課題や経営の在り方を一緒に考えたり、農業経営者向け経営塾のコーディネーターなどをしています。また、オーガニックに関心があるので、どうやったらオーガニック生産者の収益が改善されるかなど、組織作りも含めて一緒に考えていくような支援を行っています。

ー なぜ、オーガニック生産者など農業の経営支援をされているのでしょうか?

もともと僕は、新卒で水産商社に入りました。
父の影響で食には興味があったしバックパッカーもしていたので、「商社って世界をあっちこっち飛び回れていいなー!」と思って入社しました。(笑)
最初は環境問題や食料問題などは全然考えておらず、「中国に行きたいから中国の仕事をつくる!」など楽しい生活をしていたのですが、商社として国内外の原料を中国やタイの工場で加工し、日本のコンビニやスーパーマーケットに卸す過程のなかで、大量に食品が余って捨てられていく実態を目の当たりにしました。
最初は大学の後輩などへひたすら余った食品を配ったり、お弁当屋さんに安く提供したり、どうにかロス出ないように試行錯誤していましたが、どんなに頑張っても余るこの構造に対し次第に罪悪感を感じ始め、そこから食の在り方について関心を持つようになりました。

食品を大量廃棄してきた罪滅ぼしとして、30才手前で日本初のフードバンクであるセカンドハーベスト・ジャパンに入社しました。
当時、非営利団体でまさか給料をもらえるとは思っていなかったのですが、日本全国にフードバンク活動を広めていく役割を担うなかで活動自体もどんどん広がり、結果的にアルバイトから社員、最後は統括的な立ち位置にまでなりました。

セカンドハーベスト・ジャパンでのイベントに登壇する蓜島さん

しかし、そうしたなかで東日本大震災が発生。
被災地域の支援団体からお声がけがあったのをきっかけに、公益財団の事務局長に就任。岩手・宮城・福島の災害支援に携わり、特に漁業や農業者の再建を4年ほど行いました。同タイミングで、セカンドハーベストジャパンが茨城県鹿島市で無肥料無農薬の農業を始めたこともあり、東北の農家さんからいろいろと学びながら、土日を使って茨城県へ農作業しに行くなど、オーガニック農業の方に向かうようになったと、そんな感じですね。

ー なるほど、物流からフードロスへ、フードロスから食料支援の現場へ、そして生産の現場へと移られた感じですね。

そうですね、食品全体としての問題を意識し始めたとき、「日本の農業はどうなってるんだろう?」とふと考え始めたのもありますね。
農業生産者の平均年齢が67歳になるなか、簡単にいうと「継ぎたくない、継がせたくない」と考えている生産者が多いことがわかりました。なぜ継がせたくないのかというと、生産者としての収益が厳しいから継がせたくない、というのです。では、なぜ収益が上がらないのか?それは、日本が20年間ほぼ物価が変わらず、安い価格でしか生産物を売れないなかで、生産者は食べ物をつくれ、土地を守れという無理なゲームを強いられている状態にあることがわかりました。日本の食料自給率を考えたら、農業や水産業を守るって当たり前に必要なことですが、補助金ですら海外と比べて日本は少ないのです。そうした実態を知り、農業生産者の支援にむけて動くようになりました。

復興支援に携わった東北の農業

ー 蓜島さんの主軸が”食”にあるなかで、サステナブルであることとどう向き合っていますか?

そうですね、食を軸にするなかで、「食の不均衡」がテーマになっているかなと思います。
最初の水産商社では、中国やタイの工場で食品加工してもらっていると話しましたが、それは経済格差があるからやってくれているのであって、最近は格差も埋まり、きつい・汚い・危険といった3Kの仕事には人が集まらなくなってきました。中国・タイの次はどこの労働を使うのだ?ベトナムか?ミャンマーか?アフリカか?みたいなやり続けるゲームに僕はいるんだと気付いたときに、一次産業に従事している方々がしっかり生活ができるようになるよう、彼らとフェアに話せる立場になりたいと思いました。

また、近年かなりECが普及してくるなか、日本の労働力も減っているため将来宅急便代も高騰してくるのではないかと考えています。そうなると宅急便で広まる商品やマーケットも、結局は金銭的に余裕がある人たちしか使えないというものになるかもしれません。その結果本当によりよいモノを作っても、マーケットに広がっていかないということも起こりうるなと。そうならないよう、例えば地域住民が配送荷物を纏めて受け取る場所をつくったり、生協のような共同購入の仕組みが広がったり、貨客混合で運ぶことが増えたりと、効率的かつ輸送コストを下げていくための工夫がより一層必要となってくると考えています。

我々は本当に便利な社会に生きていて、食の外部化が進めば進むほど大量生産・大量消費社会の負の側面が浮き彫りになるものです。物流や消費といった既存の仕組みから、少しずつ最適化のために変化していき、環境に優しい農業やそれに従事する生産者も持続的であることを目指していきたいと考えています。

ー 蓜島さんは今後どのようにオーガニック生産者の支援を続ける予定ですか?

生産者側の経営努力も勿論必要ですが、消費者と生産者の繋がりをもっとWinwinになるような関係づくりをしていきたいと考えています。
最初は、消費者の意識をオーガニック目線に高めていければ消費全体が変わっていくと思い、自然栽培農家の米作りで、田植えや草取り、稲刈りなどへ年間何百人も体験しに来てもらうような企画をしていました。しかしながら、体験後にその農家さんの商品を1回程度購入する人は全体の10~20%程度で、更にその後継続して買ってくれる人は1%くらいしかいませんでした。体験すること自体に価値はあると思いますが、価格が高い(一般的な米価の3倍以上)と意義はあっても消費者は継続して買ってくれないんだなと学びました。

茨城県鹿嶋のフィールドでの草刈り体験の様子

そんななか、例えばカフェでカレーライスを食べますとなったときって、みなさんお米の値段はそんな気にしていないですよね。+100円で大盛りにする人も結構いますし、またカレーに限らず海鮮丼などは2500円でもお金を払ったりしますよね。でもそれって、お米一膳の単価を考えたら、10~20円しか変わらないわけです。オーガニックの価値を前面に出さず、料理などに含まれていくような仕組み作りのほうが結果的に広がっていくのではと最近は考えています。環境問題やオーガニックを意識せずとも、たまたま買って食べたものが美味しくて、また環境に優しいものだった、という感じですね。

最近私の娘が1歳になったばっかりなのですが、彼女が生きるであろう20年後、どんなものを食べているんだろうかと気になったりしています。我々世代が相当な環境の前借りをしていますので、A5の牛肉や美味しいマグロなどは大分減るだろうなと思いますね。
アクションしてすぐに解決するわけではないですが、将来にわたって豊かな食を繋いでいくためには、今からアクションしていかなきゃいけないと思っています。
まずは私たちが日ごろ食べている食べ物がどういう由来でつくられ、食べられているのかをまずは知り、その後の消費の選択やWin-Winになる仕組みを作って、私なりに食と向き合っていければと思います。

●取材を終えて
 全国各地の農家さんを渡り歩き、現場や実態を知った上で、よりよいマーケットの広がり方を模索する蓜島さん。私も田舎出身のため、小さいころは田植えや雑草取りなどよくお手伝いをしていましたが、イチ消費者として食品を選ぶときはお金も限られるためついつい財布に優しい方を選んでしまいがちで、生産者を応援したいし環境にも優しいモノを買いたいのに、という欲求と現実の狭間でもやもやしながら消費と向き合っています。
 すべてをドラスティックに変えていくのはなかなか難しい中で、それに屈せず、将来世代のために生産者と消費者に寄り添い、できることからアクションに繋げていく蓜島さんを通じて、最後までお読みいただいたみなさんにも何か勇気や希望を届けられたらと思います。