こんにゃく、と言う食材は日本人にとって身近な食材だ。
特に冬へと向かう時期には、おでんに入れたり、あつあつの田楽にして食べたりと欠かせない食卓の一員と言える。
こんにゃくが食べられるようになった歴史は古く、日本では飛鳥時代には既に文献に登場しているそうだ(当時は薬として食べられていた!)。しかし、こんな当たり前のように食べているこんにゃくだが、どのように作られているか知っているだろうか?また、こんにゃくづくりには自然との対話も欠かせないが、地球環境問題との関りはあるのだろうか?
昭和2年創業の老舗こんにゃく屋、中尾食品工業の四代目である中尾友彦さん(以下中尾さん)にこんにゃくづくりにかける想い、またこんにゃく作りを通じて環境問題とどう向き合っているのか、お話しを伺いました。
他者との差別化・付加価値を探す旅路で見つけた
中尾らしさ
ー 中尾さんは四代目として中尾食品工業を継がれたということですが、どのようなこんにゃくを作られているのでしょうか?
大阪府堺市で90年以上続くこんにゃく屋に生まれ、現在は四代目としてお客様にとっても環境にとってもよりよいこんにゃくを提供しています。
僕がこんにゃく屋を継ぐことにした2010年代初めは、すでにこんにゃく業界は低価格競争の状態でした。この右肩上がりでもない業界で事業を続けていくには、海外市場に出ていくしかない。けれど、代替わり時にはどの商品が差別化できるかもわからない状態で、社長としての実質的な力もない状況でした。
そこで自社の強みや差別化要素を探るため、会長と共に商圏として競合しないこんにゃく業者を4~5年かけて回る全国行脚の旅に出ました。全国行脚を通じて「うちの蒟蒻も負けてないぞ!」と思うようになり、そんななかで出逢ったのが有機栽培でこんにゃく芋を作られている農家さんでした。
その農家さんのこんにゃく芋の葉は青々と生い茂り、周りにはきれいな小川も流れていて、純粋に「この自然環境いいなぁ。この環境で育つこんにゃく芋はいいなぁ」と思いました。そこで、弊社の看板商品である菊松蒟蒻のこんにゃく芋を、その農家さんで作られるこんにゃく芋に変える試みを始めました。
また、昔は水のなかに入っているこんにゃくを裸で一丁ずつ渡しての手売りが主流でしたが、現在はスーパーでの販売が主流のため一丁ずつ食用プラスチックのフィルムで殺菌処理を施し、そのおかげで長期保存ができています。そうした加工工程のなかで、環境負荷があまりない形はないかと展示会にて模索していたところ、愛知県にあるフジトクというフィルムメーカーに目が留まりました。フジトクさんは、こんにゃくの加工に使う食用プラスチックのインクを、従来の低コストな油性ではなく、環境負荷(VOC)が約80%低い水溶性に転換していこうとコスト低減にも取り組まれており、「環境に優しいフィルムのほうがいいなぁ」と思い、フジトクさんのインクを使わせてもらうことになりました。
こうして全国行脚により自社の味や製造方法に自信がつき、「今よりもこっちのほうがいいな」と思うものを積極的に採用することで他者との差別化・高付加価値化を実現してきました。
サステナブル文脈での新たなこんにゃくの価値
ー 中尾さんの原動力たるやすごいですね。有機栽培のこんにゃく芋農家さんとの出逢いが環境問題を考えるきっかけにもなったという感じでしょうか?
そうですね、その農家さんで11月に芋堀り体験もしたのですが、掘ってるうちにヤモリやヘビ、なかには寝ぼけたカエルまで出てきました。自然に負荷がない環境で栽培すれば、そりゃカエルも土の中にいるわなぁとしみじみ思い、自然に近いつくり方とは何かを身を持って体験できた瞬間でした。
日本でもオーガニックや有機栽培への注目が集まりつつある時代背景もあり、有機栽培によるこんにゃく芋作りは伸ばしていかなきゃあかん方向やと気づき、自然栽培でなおかつ30代後半で就農している未来ある農家さんのこんにゃく芋を買って支援しようと思うようになりました。
”有機”といえど実は使ってよい肥料や除草剤などもあったりしまして、難易度が1番高い農業は自然栽培なんですよ。全くのほったらかしで土の力で作物を育てると、力があって旨味もある芋になります。自然栽培がゆえにたくさんは収穫できませんし、こんにゃく芋自体の価格も上がるかもしれませんが、ぜひ自然栽培の形でつくり続けて欲しいと農家さんにお願いし、中尾用のこんにゃく芋をつくり続けてもらっています。今でも月に1回以上は連絡を取り、芋の作付け状況を見にいくなど農家さんとの深い関係性もつくってきました。
そうして去年から栽培し始めた芋が、いよいよ今年からナチュラルハーモニーというという自然栽培を推奨している自然食品店さんで取り扱われるようになります。最初は200キロ~300キロしか取れないでしょうが、ナチュラルハーモニーさんも「販売頑張りますよ」と言ってくれているので、豊かな自然で育まれたこんにゃくを多くの人に味わっていただければと思っています。
その他、某大手ハンバーガーチェーンからは大豆ミートだけだとパサつきやすくなるパテのなかに、こんにゃくを入れたいという引き合いもいただきました。毎月5トン程度、素材提供し始めていまして、サステナブル文脈での新たなこんにゃくの可能性を感じています。
体験を通じて新たな価値創造へ
ー 今後どのようなこんにゃく屋を目指していきますか?
僕がいる大阪は、歴史的にこんにゃくメーカーが多くある地域でした。大阪と言う大消費地を支えるため、この辺りにこんにゃく屋が集まってきた説がありますが、今はただ大量に作るだけでは通用しません。
大阪の蒟蒻メーカーとして勝負するため、大阪で取れたこんにゃく芋を使ってこんにゃくを作りたいと思い、中尾用に自然栽培のこんにゃく芋を卸してくれている広島の農家さんから特別にこんにゃく芋の種芋を分けていただき、大阪の岸和田エリアでこんにゃく芋の栽培を始めました。通常は取ったばかりのこんにゃく芋は保存用に加工してしまいますが、このとりたての芋をすぐイモ洗いし、「新芋こんにゃく」として提供しようかと思っています。
またFBやInstagramで「芋堀体験しませんか?」と試しに募ってみたところお子さん含めて15人以上が集まり、一緒に芋堀り体験をしました。最近は切り身の魚が海に泳いでいると思っている子供たちもいると聞いていますが、そうやってあるべき姿がわかんなくなっちゃっているのはとても寂しく思っています。こんにゃくって実は芋からできているんだよ、ということを体験を通じて知ってもらい、自分たちが食べているものをきちんと知るきっかけ作り、食育なども出来たらと思っています。
これからも、その他大勢のこんにゃく屋にはならないよう、こんにゃくの新しい体験を提供していきたいです。
●取材を終えて
こんにゃくの新たな価値提供を考え動くことが、結果として環境を意識することにもつながっていった中尾さん。「欲しいものは手に入る時代になった。体験に価値を見出している」との発想から、ただ作るだけではない方法を考えている。
オーガニックは日本だけでなく世界中で注目されているが、オーガニックのこんにゃくと言うものは、世界中を見渡してもそんなに多くはないはずだ。日本のこんにゃくを、新たな価値に乗せて海外へも届けている。
スーパーで見慣れた食材の裏側には、四代目のこんな熱いストーリーが隠されていました。